ステラウロスの6500万年 |
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ステラウロスに普通の体があったんはほんのちょっとの間だけやった。 他の生き物と比べたら随分長いこと当たり前の命を保っていたんやけど、 6500万年の中では一瞬の事や。 それからあちこちの時間のいろんな場所を行ったり来たり旅して、地球 や生き物がどんどん変わっていくのや、似たような事が繰り返されるのを 見てきたんや。いっつもちょっとだけやけど目の前の事に手ぇ出して、時 間の流れ方を曲げたりのばしたりして遊んでるねん。 2回目の世界中を巻き込んだ戦争が終わって、また2回、アラビア半島 の辺で戦争があった後の事や。小さな貨物船にくっついてあちこち航海し てた。その船には23人乗ってたげど、ステラウロスを知ってたんは皿洗い のお兄ちゃん、カッパ一人。魔法の力で見えるやつと見えへんやつを作っ たんやなしに、たまたまそういう風になってしもただけや。 人間の目ぇは、フィルムやビデオみたいにレンズを通った光が全部記録 されるわけやない。心のフィルターとか知識とのマッチングとかで、見るも んを選んでるんや。その上に見たもんを自分の先入観とか好みで適当に 描き換えてるねん。せやから何でも素直に本当を本当のまま見ることが できる人間は少ないちゅうことや。取りあえず23分の1の数字は出たな。 カッパと一緒に港に入るたんびに上陸して、船に積んである自転車で あっちこっち行った。紅海の奥にあるヨルダンのアカバという港の時や。 湾の向こう側はイスラエルや。戦争の後で港のはずれにはトーチカがあ ってどう見ても砂漠のおっさんとしか思えん兵隊さんがおった。カッパは 晩御飯の片づけが終わった後、ぶらぶら歩いてトーチかまで行ったんや。 体の小さい、ぶかぶかの制服を着た兵隊さんが4,5人おった。カッパ がにっこりすると、おっさん達もにっこり微笑んで中に入れてくれた。言葉 はイエス、ノーも通じんけど、にこにこだけで用は足りた。ライフル見せて くれと手ぇ出したら、肩に掛けたAK47を渡してくれた。それからあわてて 取り返して、弾の入ったカートリッジをはずしてもう一度渡してくれた。 車座に座ってシャイをごちそうになったんや。氷砂糖のいっぱい入った 甘い甘い、ええ香りの紅茶を小さいグラスで何杯もお代わりするねん。 おしゃべりしながらお茶を飲むとこやけど、にこにこだけ。おっさん同士も にこにこだけでつき合いのええ人たちやった。 何でこんな人らが戦争で死ななあかんねんやろ。ひょっとしたら国境が なんなのかも知らんようなおっさんが、サイズも合わん制服着て、戦車と 一緒に歩いていて、一発も撃たんうちに地雷踏んで死によるのかと思た ら、にこにこが引きつってきた。 船のブリッジから港と反対の方を双眼鏡で見たら、イスラエルの海水 浴場や。ビキニのお姉さんがずらっと寝そべってるのが見える。この差は なんや。カッパが聞いたらステラウロスが言うた。 「人間が大勢で暮らすようになってから、不合理が偉くなった。それが 人間の科学さ。」 アカバ港には映画館が一軒。屋根がない。せやから上映は夜に一回 だけや。何で屋根がないのやとカッパがもぎりのおばちゃんに聞いた。 手振りだけで聞いたんやけど、横のお兄ちゃんが単語並べた英語で教え てくれた。「Here 10year no rain」 けど昨日は土砂降りで、船に積む水 が濁ってしもて出航が1日のびたのに。 ステラウロスが耳元で教えてくれた。「アラブでは何千年もこんな感じで みんな話してる。嘘をついてるのではない。昨日の雨は本当に珍しいでき ごとだから、気にすることはないのさ。」 映画が始まったとき、スクリーンの左側にあったお月さんが、そのうち真 上で結構まぶしいなと思てたら、終わる頃には右側でおとなしぃしてた。 座席は前が安うて後ろが高い3段階。一番前ではちっちゃい子供がずっと 遊んでた。子供はステラウロスをちらっと見るけど、カッパを含めて別世界 のことやてな顔して、すぐに視線を仲間の方に戻してしまう。 |
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